大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 平成6年(あ)776号 決定 1994年10月25日

本店所在地

東京都中央区京橋三丁目七番五号

松平商事株式会社

右代表取締役取締役

松平重夫

国籍

韓国

住居

東京都杉並区梅里二丁目二四番一七号

会社役員

松平重夫こと裵相烈

一九二六年一月一日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成六年六月二二日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人高初輔の上告趣意は、量刑不当の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 根岸重治 裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也 裁判官 河合伸一)

平成六年(あ)第七七六号

上告趣意書

被告人 松平商事株式会社

代表取締役 松平重夫

同 松平重夫こと裵相烈

右の者等に対する法人税法違反被告事件について、弁護人の上告趣意は左記のとおりである。

平成六年一〇月六日

右弁護人弁護士 高初輔

最高裁判所第二小法廷 御中

一、原判決の量刑は、甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものである。

二、本件犯行の動機において同情に価すべきものがあり、十分に情状酌量の余地があること、その犯行の態様において必ずしも犯情悪質とは評価しえない点があること、その他被告人裵相烈に改悛の情顕著なものがあり、再犯のおそれもないこと、同被告人及びその妻の病状が思わしくなく被告人を実刑に処した場合余りにも過酷な事態を招来することとなること等については、原審における控訴趣意書において述べたとおりである。

三、さらに、原審における平成六年五月一八日付弁論要旨において詳しく述べたとおり、被告人は平成五年七月三十日に東京都港区赤坂田町四丁目所在の赤坂松平ビル及びその敷地を中国銀行に売却して即日未納の国税分、地方税分七億二七二五万二五七一円を含め平成五年二月期までの消費税、地価税、固定資産税、事業税、都民税等すべて税金を完納し、その納付した金額は合計で一一億五五四万一四三六円に及んでいる。

四、被告会社の現在における銀行借入金残高は、一三五億円超あり、また、被告会社に本件被告事件により罰金刑が科されている以上、これも付加して、右債務を全額返済していかなければならない。そして、被告会社が右債務を返済していくためには、被告人が債権者との交渉や被告会社所有の不動産の処分のための交渉をしなければならず、被告人としては現在六八歳という高齢ではあるが、今後生命の続く限り右債務の返済のために努力するつもりである。

しかしながら、右に述べたとおり、被告人は六八歳の高齢(平成七年一月一日で満六九歳になる)であり、かつ、高脂血症、高血圧症、高尿酸血症、陳旧性肺結核、肝のう胞、胆のうポリープ、陳旧性十二指腸潰瘍という病気を抱えており、ここで実刑を受け、刑務所に収監されることとなれば、必ずや右病状は悪化し、刑期を終えて社会復帰したときには満足な日常生活も送れないような身体になっている危険性が極めて大きい。この意味において被告人に懲役一年六月の実刑を言い渡すことは、間もなく満六九歳になろうとする病弱の被告人に対し余りにも非人道的かつ過酷な処罰と言わざるをえない。もし、被告人が他に何らの制裁も受けていないのであるとすれば、心を鬼にして右のような処罰をすることもありうるやに思われるが、被告人は原審及び第一審の各判決も認めているとおり、在日韓国人社会における名誉名声をすべて失い、また、経済的にも再起不能の状態に追い込まれるという、甚大なる社会的経済的制裁を受けているのである。たとえ自ら招いたという責任があるにせよ、満六八歳といういわば人生の最終的な局面でこのような過酷な境遇に陥ってしまった被告人の失意と心痛は察する余りあるものがある。従って、被告人に対し、実刑判決を下すことは右のような状況にある被告人に対し、余りにも重刑に過ぎるといわざるをえない。

さらに、被告人の妻は、骨粗鬆症、胃潰瘍、腰背部痛などで起居もままならない状態であり、その病状はますます悪化している。被告人の妻は、寝たり起きたりする行動、食事、歩行、トイレ、入浴といった人間としての基本的な生活行動も一人では十分にできず、被告人の補助が不可欠である。被告人と妻は、自宅で二人きりの生活をしており、被告人が服役することとなれば、この妻の日常生活の面倒を見る者はいない。かようにして被告人が刑務所に収監されてしまえば、妻の世話をする者がなくなり、その病状はますます悪化して妻の生命にも及ぶ可能性が高く、また服役中の妻の生活費、医療費の捻出も困難となり、このこともまた妻の病状の悪化にますます加速度をつけてしまうであろう。被告人の妻は自分で買物に行くことすらできないのであるから、被告人が服役すれば食事をとることもできなくなってしまうのである。

右のような事情に照らして、被告人に実刑判決を下すことは、被告人の妻の生活や生命をだいなしにする結果となることは必至であり、妻の生存権(憲法第二五条)をも侵害する過酷な判決といわなければならない。

従って、被告人に対し一年六月の実刑判決を下すことは、被告人に対するだけでなく、被告人の妻に対する関係でも非人道的かつ過酷な判決と言わざるをえない。

かようにして、被告人に対する懲役一年六月の実刑判決は量刑が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正規に反するものである。被告人及び被告人の妻の現在の状態を考えれば、被告人には是非とも執行猶予判決を下されるのが相当であると思料する。

五、次に被告会社は、未納分も含めて税金を完納しており、それにもかかわらず罰金一億二〇〇〇万円を科することは、量刑が甚だしく不当であって正義に反すると言うべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例